Apr 24, 2016

止まった街の時間をどう動かすのか?①制限区域視察

原子力災害は天災、自然災害ではなく、人の作り出した災害です。

この日に私たちが見た光景は、私達。、政治に携わる人間が、決して忘れてはいけない光景でありました。

目で見て、肌で感じ、得る物は大きかったです。

 

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そして、時間が5年前から止まってしまった街と、その中でも時を再び動かそうとする方々の活動に触れ、当時の絶望的な状況と、懸命に生きている方々の生み出す希望の両方を見ることができ、政治家として、得難い景観を得る事のできる視察になりました。

貴重な機会を与えていただた皆様に、改めまして、深く感謝申し上げます。

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4月21、22日と全国若手市議会議員の会の研修視察に行ってまいりました。

21日は郡山市で研修、22日は福島県富岡町にある帰還困難区域、居住困難区域に実際に足を踏み入れ、現状をこの目で見てきました。

この視察は、熊本、大分での震災の起きる前から、企画されていた視察ですが、急きょ、若手市議会議員の会のメンバーによる義援金集めも行われました。

原子力災害、津波被害という事だけではなく、避難所運営、非難の在り方、災害時の議員のふるまいなど、様々な点から災害時の対応について、学ぶことができたと思います。

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まず、今回のブログでは、実際に見聞きしていた光景についてご報告いたします。

制限区域の街の風景です。

 

帰還困難地域ですので、許可が無ければ、この場所には立ち入れません。

空き巣の被害も多発しており、行政も対応に苦慮しています。
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花が咲き、鳥のさえずりも聞こえますが、人は誰もいません。

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いかが思われますでしょうか?

修繕を行えば、すぐに日常生活を取り戻せそうな風景ではありますが、車が通り、子供の声が聞こえてきてもおかしくない街並みではありますが、だからこそ、悲しい光景でした。

 

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行政区によって、制限区域を分けられている所もあり、除染を済ませた区域だから戻れると言っても、道路を挟んだ反対側は除染手つかずの制限区域・・・という地域がある事や、多額の予算を掛け、除染や草取りなどの作業を行ったとしても、一人では戻れない、そこに商店やコミュニティ、地域が戻らなければ、みんなと戻れなければ、無理だという方も多く、とても難しい問題になっています。

 

 

○続いて、視察した中学校。

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校庭。

消防署や消防団が使用するホースが打ち捨てられていました。

雑草に囲まれたサッカーゴールが痛ましいです。

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続けて中学校、体育館内に入りました。

 

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5年前の3月11日は中学校の卒業式の日でした。

午前中に式典が開かれ、その日の午後に被災。

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その時のまま、5年間時間は凍り付いたままのような風景です。

時計の針は地震発生後から数分後の時間で泊まっています。

一体、いつ、時計の針は動き出すのでしょうか?

 

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3月11日の夜、一日だけここは避難所になったそうです。

当時の大変さを保存したかのような、そんな風景でした。

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この光景を見て、私は言葉に詰まりました。

 

この場所でどんな人達が暮らし、笑い合い、喜びを分かち合っていたのか。

この場所でどんな夢達が語られ、育まれていたのか。

私達の日常と同じように。

 

 

災害が起こる、少し前まで、ここは喜びと希望に満ちた場所だったのです。

原子力災害が起きなければ、変わらずに翌年もこの場所は多くの若者を送り出していた。

 

原子力災害は、人命や物だけでなく、街から時間すらも奪ってしまうのです。

絶対に、原子力災害を再び起こしてはならない、そう確信する事の出来る機会になりました。

 

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実際に復興支援の現場にあたっている職員さんから聞いたお話や被災地運営などの具体的な課題についてもお話を聞かせて頂きました。

 

 

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